過労死・過労自殺 相談ガイド

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52歳リムジンバス運転手の過労死事件における勝利的和解

第1 事件の概要
 被災者のAさんは、1949年3月生まれの男性です。
 Aさんは関西国際空港のリムジンバスの運転手として勤務していましたが、2001年4月10日、急性心筋梗塞を発症して亡くなりました。当時52歳でした。

第2 訴訟に至る経緯
 遺族は、早朝に出勤して夜遅く帰宅するというAさんの働きぶりから、過労死に違いないと考え、2002年2月、岸和田労働基準監督署に労災申請をしました。
 これに対し、2004年1月、不支給決定がなされ、それにより遺族は大きなショックを受けたため、審査請求をしませんでした。
 しかし、遺族には不支給決定に納得できない気持ちがあり、2005年6月、全国一斉過労死110番に電話をかけました。そこで、不支給決定について争うことはできないが、会社に対して損害賠償請求を行うことはできるとのアドバイスを受け、岩城穣弁護士、林裕悟弁護士、及び、佐藤真奈美弁護士が会社に対する民事損害賠償請求訴訟を担当することとなりました。

第3 本件の争点
1 Aさんの業務には、拘束時間・労働時間の長さという量的な過重性と、大型車を運転することによる緊張を伴う  業務であるという質的な過重性とがありました。
2 Aさんは、毎日異なるコースを運転し、ほとんどの勤務日について早朝から夜まで拘束されていました。停留所での休憩時間や、コースとコースの間に「中休み」が設けられてはいましたが、労務から完全に解放された法的な意味での「休憩」と評価できる時間とは言えず、労働時間と評価すべきものでした。
 弁護団で分析したところ、Aさんの発症直前の1か月間の労働時間は、316時間44分、時間外労働時間としては実に148時間44分にも及ぶ長時間労働に従事していました。
3 しかしながら、労基署では、実際は休憩していないのに毎日1時間の休憩をしていたとみなしたり、「中休み」の名目で労働時間から控除したりした結果、多い月でも53時間弱の時間外労働時間しか認定しませんでした。
4 質的には、大型車の運転業務という業務の特質のほか、毎日コースが変更され勤務時間も変わるという点で不規則な業務であり、深夜・早朝の勤務が多く夜間に良質な睡眠を確保するのが難しいという問題もありましたが、質的な過重性については、労基署段階では一顧だにされませんでした。
5 民事訴訟において、弁護団は、労働時間・時間外労働時間を裏付けるべく、現職社員や元同僚への聴き取りを行ったほか、実際にリムジンバスに乗り込むなどしてAさんの業務の実態を裁判所に伝えるべく、主張・立証を尽くしました。

第4 解決結果
 裁判所からは、証人尋問を行う前の段階で、当方の主張をおおむね認める形での和解案の提示がなされました。会社側からも一定の誠意ある対応がなされた結果、最終的には、裁判所の和解案からわずかに減額された金額を支払う内容での勝利和解が成立しました。
 提訴から1年以内というスピード解決でした。

第5 本件の意義
 本件で指摘されるべきは、裁判所において労働時間を的確に評価したことです。労基署段階では安易に「休憩時間」の名のもとに労働時間を短く算定し、質的過重性も考慮しませんでした。
 さらに、この裁判所の判断は今日においても改めて評価されるべきものです。2021年3月には、厚労省から労災認定に関して「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集」が示され、労働時間について厳格に判断するようになっており、労基法上の労働時間に当たる場合であっても一部を心理的負荷の判断に当たっては評価しないなど不当な評価を行う事例が増えてきています。
 労基署や裁判所において、被災労働者の業務の過重性に正面から向き合い、労働時間が適切に評価されるよう、取り組んで参ります。

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